好きだよ手鞠

好きなジャンルはシューゲイザーだが、オルタナ全般、ギターポップもニューウェイブも色々聴く。

ポケットから生まれた男、いしわたり淳治

僕が小学三年生のころだった。

ある日、新聞を読んでいた父がひとつの記事を指して言った。

「ほら、この人の名前をお前につけたんだ。見ろ、市長に当選したんだぞ。お前も、せめてこの人は越えろよ」

知らないオッサンの写真が載っていた。巨大な達磨の前で、歓喜に顔をひん曲げてバンザイをしている。父の顔は冗談を言っている顔ではなかった。

「お前が生まれたときに、ポケットにこの人の名刺が入ってた」

僕には兄がいる。父が言うには、兄の名前を考えたとき、その大変さを嫌というほど思い知ったのだという。もう名前を考えたくなかった、らしい。それで僕が生まれたときは、ポケットに偶然入っていた名刺の名前をつけた。父いわく「運命に賭けた」らしい。こうなるともう、「伊奈かっぺい*1かなんかの名刺が入っていなかったことを喜ぶしかない。

親の一文字を継いだわけでもない。歴史上の偉人から取ったわけでもない、ただの一般人、しかも恩人でもなければ、親友でもない、知り合い程度の他人から取った名前。人間の名前の理由で、ここまでいい加減なものはなかなかないだろう。

それでも、それを聞いて僕は不思議と悲しい気持ちにはならなかった。むしろ、少し爽快感があったくらいだ。

 

その十年後、僕はギターを始め、「スーパーカー」というバンドを組む。バンド名を決めたのは僕だ。理由は特にない。言葉の響きで選んだ。デビューシングルのタイトルは「クリームソーダ」。歌詞の中にクリームソーダが出てくるわけでもない。なんとなく言葉の響きでつけた。ファーストアルバムのタイトルは「スリーアウトチェンジ」。もちろん意味はない。これも言葉の響きで適当に。

デビュー当時の僕は、タイトルをつけるのが、とにかく嫌で仕方がなかった。歌詞を書くのは好きだったがタイトル付けがとにかく苦手で、毎回おざなりにつけていた。今思うと、あの嫌悪感は遺伝たったのかもしれない。その頃の曲タイトルを見直してみると、あまりに無意味なものばかりで、我ながら呆れる。

子供が生まれるのは嬉しいが名前を考えたくないという父の気持ちが、僕にはなんとなくわかる気がする。そして、そこで自分の気持ちに正直に本当に何も考えずに名前をつけた父親の、その勇気とセンスはかなり気が利いていると思う。あっぱれだ。

その父親に敬意を表して、彼がこの名前に込めたたった一つの想いだけは叶えてあげたいと思う。誰だかよくわからないが、僕はあのオッサンにだけは絶対に負けない。絶対に。

この文章は、2005年2月号のロキノンに掲載されていたいしわたり淳治の連載「Opportunity&Spirit」から一部を抜粋したもの。

この号にはSUPERCARが解散した際のメンバー全員の声明が掲載されており、非常に重くて正直読んでられないぐらいなのだが、この連載では割とおもしろい話を淳治が書いているのが嬉しくて抜粋してみた。個人的に「cream soda」の曲名が適当に決めていたのは少しショックだったりもするけど。

その後淳治は、かの有名なSuperflyの「愛を込めて花束を」や去年だとKing & Princeの「ツキヨミ」等を作詞している。またチャットモンチーサウンドプロデュース等をしたりもした。多分だけど十和田市長よりは活躍しているし、今後も活躍がとても期待できる。スゴいぜ淳治!!

最後に軽くお知らせです。次回からスピッツ」~「見っけ」までのスピッツ全アルバムレビューを始めます。全20記事の予定なので気になる人はお楽しみに。あんまり期待しないで。あと全て書ききってからの投稿なので時間がかかります。

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*1:青森県を中心に活動するローカルタレント